というわけで

ここまでで一区切り。mixiで書いたやつも乗せておいたり。
「ふゆのあさ」
――すると、君は本当に未来から来たと言うのか。
咲田権蔵(52)は未だかつてない出来事に、はっきりとした弦暈を感じた。そんな事が本当に可能なのか、まだアルコールが抜けてないんじゃないか、などと考える余裕すら無い程には、驚愕していた。52と言うのはマイミクの数である。

「はい、咲田さんは当然ご存知で無いと思いますが、ここ群馬の地下には過去や未来を自由に行き来する事の出来る通路のようなものがあるのです。」
事もなげにそう言う男の名は鳥嶋鷺人、全裸。そしてその後ろには数人の制服を来た男達を従えている。午前2時、群馬音楽センターの入口前は、もう眠ったはずの高崎に不釣り合いなくらいに、確かな緊張を帯びていた。二人は向かい合い、近くのコンビニで奪うように盗んだ肉まんを頬張りながら、3月とは言えまだ寒い中会話を続けた。一方は全裸、もう一方は、これまた全裸に無印良品のマフラーと言うおかしな光景だったが、不思議と夜の闇には映えるのだから、解らないものだ。
「いまいち状況が掴めない。それじゃあ、聞くが。どうして君は全裸なんだ?」
咲田は首周りを暖めれば寒さなど何でもない、という持論がある。それにも関わらず小刻みに震えていたが、すました顔で鳥嶋にそう尋ねた。
「僕の時代は――つまり、この時代で言う未来という事になりますが、カジュアルスーツとして全裸が公に認められています。今の時代で言えばクールビズ、あれの究極にして至高の形と言うべきでしょうか」
「…なるほどね」

咲田は今の時代からは考えられないと思ったが、何しろ未来なのだ、未来は幾那由他の可能性を秘めている。人類は空を飛びたいから飛行機を創ったし、女子高生のスカートの中を覗きたいから鏡を創った。それならば、暑いから服を無くすのは当然の進化だ。疑問をはさむ余地は無かった。
「咲田さんは何故全裸で?」
「趣味だ」
即答だった。
「なるほど、それでマフラーなわけですね。」
鳥嶋は意味有り気に何度も頷くと、それから急に真面目な顔になった。
「今、世間話をしているような暇は無いようです。そろそろ、本題に入りましょうか。何故僕が、この時代に来たのかについて、お話しします」
鳥嶋は、そう言うと全身で「X」のポーズをとった。
「ドラグーン・フィンガァー!!!」
鳥嶋の叫びが、眠った街に充満する虚空を切り裂いた。木々が微かに揺れた、気がした。
「なっ…どうしたんだ、鳥嶋さん」
咲田は豚みたいな声を上げた。
「何って見えないのですか、あの地下の光が、貴方には!」
そう言うと鳥嶋は常人のそれではない速度で「X」の形を維持したまま飛び跳ねながら、下を覗き込んだ。音楽センターの外の床はコンクリートで敷き詰められている為、地下が見えるはずもないのだが、咲田はこの時既に未来というものを曲解しきっていた。
悲しいかな、思春期の男子の実に8割が抱える疑問、女湯を安全に覗く方法。未来では、これが「透過視」と言う方法で実現出来ているのだと、そう思ったのだ。思ってしまったのだ。
「見える…お、俺にも見えるぞ」
この時咲田に何が見えていたのか、それを知る由はない。
「これが、僕が来た理由です。未来は今、とんでもない状況になっているのです。私は法に触れてでも、過去を変える為にこの時代に舞い降りた天使なのです」
鳥嶋はそう言ったが、良く見ればそれはただの全裸だ。しかし、既に咲田はもう、ただの咲田ではなく、未来人・全裸・咲田だった。二人は下に見えているであろう未来の惨状を見据えた。恐らくその凄惨に耐え切れ無かったのだろう、時折、その汚らしい顔を背けたりもした。はたから見れば何とも滑稽だったが、二人の顔はどこか満足そうだ。そして二人は誓った、未来を救う事を。
「俺達が未来を変えるんだ!俺達が未来を変えるんだ!」
二人が円陣を組み大声でコールをしたその時、鳥嶋の後ろの制服の男達のうちの一人が帽子のツバをいじりながら、口を開けた。
「それでは、署まで同行願います」

暴れる二人を取り押さえた警官達は深夜、近所のコンビニから「全裸の男二人が商品を盗んで逃走した」という通報を受け、近くで肉まんを食べている二人組を発見。間違いないと見て逮捕に踏み切った。無職の男らは、「光が見えないのか」「私は神」などと言い、錯乱状態に陥っており、謎の言葉を叫び続けた。ゲーム脳の影響ではないかとして、調べをすすめている。