母親の話

 母が死んで3ヶ月が経った。2月、珍しく雨が降った晩の、普段はかかってこない父親からの着信に、何となく嫌な予感がしたっけ。わき見運転だったらしい、ほとんど即死だったそうだ。急いで実家に帰っても生きた姿を拝めないとわかっていたが、気付けば電車に乗っていた。ぼんやりと、きっとドッキリなんだろう、最近電話の返事もどこかそっけない感じだったから、こんな手まで使っちゃって。でも、両親はそんなブラックジョークは絶対に使わないのに、変だよなあ。なんて思いながら、JR高崎線の景色が右から左へ移動していくのを眺めていた。
 病院で目の前に横たわっていたのは、確かに母だった。だけど、余りのリアリティの無さに、「ああ、これが次世代ゲーム機の映像だったら手放しで賞賛してる」とか、母だったものを前にそんな事を考えていた。混乱をしているわけじゃなくて、寧ろ心中は酷く穏やかで、本当に死んでるんなら早めに会社に休みを申請しとかなきゃとか、病院から帰ったら犬にご飯をあげなくちゃとか、ハリーポッターの最終巻、あんなに楽しみにしてたのに読めなくなっちゃったねとか、色んな考えを一つ一つ整理していった。ふと隣を見ると、兄も父もなんだかぼうっとした顔で、母を見ているようでその先にある何かを見つめていた。
 自宅に帰ると、最近はすっかり弱々しくなった犬がお腹をすかせて待っていた。今ご飯をやるからな、ああ、またウンチをしちゃったのか、ごめんな、外に出してやる時間がなかったからな。と言うと、鳴き声なんてここ最近出す事のなかった犬が、キャンキャン、キャンキャンと吠え出した。17歳と高齢で、実家に帰る度に母親に「まだ生きてた」なんて言って怒られたっけ。母が最高に愛していた犬だった。母を最高に愛していた犬だった。その犬が、キャンキャン、キャンキャンと、必死に、搾り出すように、声を、出して、泣いて、喚いて、その内、犬でない、鳴き声が、聞こえてきた、どこから、自分の口から。わあ、うわあ、わあああああ。
 なんでもっと連絡とってやれなかったんだろ、なんでちゃんと母の日のプレゼント買ってあげられなかったんだろ、なんでこんな簡単に、犬なんかより早く死んでしまうんだろ、なんで、なんで、なんで、なんで。兄が俯いて「ふざけんなよ」と呟いた。父は何も言わなかった。私は犬を抱きしめて、ただ泣いた。

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 みたいな話を仕事中暇だったから考えたけど案外長文で疲れた。母は最近実家に帰ってもスーパーの余りものしか食わせてくれません。助けてください。